豊臣秀吉の正室であった北政所ねねは、秀吉の死後出家し、高台院の院号を授かります。北政所は京都東山の鷲ヶ峰に秀吉の菩提を弔う寺として高台寺を建立します。またこの場所は北政所自身が晩年の生活を送った場所でもあります。豪華絢爛な美を好みときにいささか悪趣味でもあったような秀吉とは対照的に、北政所の人柄が偲ばれるようなナチュラルな美しさに満ちたこの寺は、北政所にとって心静かに過ごせる場所であったのでしょう。私が京都でとても好きな場所の一つです。建築の美しさもさることながら、北政所が実際に生活を送ったこの場所には、彼女の遺品である美しい工芸品が多く残されています。その多くがいわゆる高台寺蒔絵とよばれる美術品です。秀吉や北政所が生きた安土桃山時代の蒔絵を総称して高台寺蒔絵とよばれるようになったことからも分かるように、この寺に残されている蒔絵は、その時代の蒔絵を代表するような完成度の高い圧倒される美しさのある作品群ばかりです。それらの蒔絵を鑑賞するのが、京都で大好きなこの場所での楽しみの一つです。雅なさりげない華美を感じる秋の花々を模した、北政所の調度品の数々もとても好きですが、私の一番のお気に入りは、風になびくすすきの葉とそこにかかる水滴だけを描いた、秀吉厨子扉です。実は可憐な花々を描いた高台寺蒔絵の様式の源流となるものが、秀吉逗子扉に描かれているこのシンプルで渋いすすきの蒔絵でもあるのです。清々しく洗練された美を感じるこの蒔絵の裏側は、趣を異にした可憐な小菊や紅葉の葉が描かれています。秀吉を裏で支えた北野政所の愛そのものの美しさであるようですね。ふとこうした思索を巡らせるのもまた楽しい、京都で大好きな場所である高台寺の観光です。
京都には、魅力のある場所がたくさんあります。京都で好きな場所はどこですかと聞かれたら、あなたはどこと答えますか。清水寺と答える人も少なくはないのではないでしょうか。清水寺は、798年に桓武天皇の下で征夷大将軍を務めた坂上田村麻呂が建立したと伝えられる由緒ある大寺院です。清水の舞台から飛び降りるという言葉でもよく知られていますよね。
京都の好きな場所のことについて色々と書いていきたいと思います。まず、京都というと皆さんも一度は、行かれたことがあると思うんですよね。でも、京都の旅行へ行くときは、どこが、一番楽しそうなのかとか色々と考えてから行って欲しいと思うんですよね。そのように考えて行かないと何回も京都に旅に出かけてもつまらなくありきたりな旅行になってしまうと思うんですよね。ですから、良く下調べをしてから旅に出るということは本当に大切だと思いますね。
京都で大好きな散策を楽しむ場所として京都の町家の通りがあります。町家と聞いてイメージに浮かぶのは、鰻の寝床のように間口の狭い作りがびっしりと軒を連ね、細かい格子のムシコ窓、紅柄で塗られた京格子の玄関、こういった風情ある家並みです。でも、実際京都の通りを歩くと、何の変哲もない現代の住宅に町家が挟まれていたり、その町家自体も、ムシコ窓等は見当たらず、アルミサッシの窓が建物に不釣り合いな様相を呈していたり、といった光景が年々増えているようです。京都での好きな場所の変貌は外から訪れる人間には何ともさびしさを感じることではありますが、同時に仕方のないことにも感じます。
京都の中の好きなところとか場所についてなんですが、まず、京都って何度行ってもいいんですよね。私は、ああいう古臭い所が大好きなので、東京から、新幹線で一本で行けてしまう手軽さもあって、しょっちゅう行ってるんですよね。ですから、京都の中の好きなところというと一言では、言い切れないところもあるんですよね。私は、結構、駅前なんかが便利で良いかなと思いましたね。京都の中の好きなところとか場所について、色々と思い出しながら書いていきたいと思います。
京都へ毎年旅行に行くようになってもう長いですが、いつの頃からか京都の好きな場所の一つとして京都の銭湯が加わるようになりました。京都旅行に行って銭湯に行くというと、東京近辺の人間には驚かれますが、実はほとんど知られていない事実ですが、京都は銭湯先進地域でもあるのです。ところで、私は旅行というと、外せないものとして温泉があるのですが、京都というと温泉のイメージは非常に薄いように、あまり京都旅行では温泉は楽しむことはできないです。温泉大好き人間である私でも、それを補ってあまりある魅力のある町だからこそ、何度も京都に足を運んでいるのですが、そんな私には、京都の銭湯の魅力が高いということは非常に嬉しい発見であり、銭湯が京都で大好きな場所の一つになったのです。